隣の世界の覗き窓

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雲のむこう、約束の場所(2004)〜その4〜

前回のエントリはこちら↓↓↓
雲のむこう、約束の場所(2004)〜その3〜




雲のむこう、約束の場所 新海監督オリジナル予告編(120秒) - YouTube



長かったこのシリーズも今回で終わりです(笑)
いやー、長い。。もはや何がなんだかわかりませんね。。
でもま、書き始めたものは何とか不完全でも書ききりたいと思います。。


通過儀礼としての“喪失”
前回のエントリでは、主人公たちが3年間にわたって沈黙していた人生を、“約束”を果たすことによって再開させたこと。そして新海誠作品では、“約束”を果たしたあとの“喪失”までがセットであることを書きました。


最後のエントリでは、この“喪失”の表現として“夢”からの目覚め…という舞台装置を利用していることに注目したいと思います。


“夢”から覚めることで失う気持ち
今作のストーリーの帰結は主人公たち三人がかつての“約束”を果たすことにありますが、それは同時にサユリが「夢から覚める」ことでもあります。並行世界の流入をたった一人で食い止めているサユリをその苦しみから解放することが、物語中盤から主人公ヒロキの目的として追加されるのです。それまでは“約束”を三人で達成することがヒロキの目的でしたが、一旦はそれが失われ、後になってサユリを目覚めさせることがかつての“約束”と共に目的として一致します。今作は眠り姫のように「サユリが夢から覚める」物語であるとも言えるのです。


また、“夢”は今作で特殊な意味合いを持ちます。研究所で働いているタクヤの先輩にあたるマキ。彼女は並行宇宙の研究を睡眠や記憶、夢といった方向からアプローチしており、並行宇宙のことを以下のように説明しています。

・人が夜、夢をみるようにこの宇宙も夢をみている
・「こうであったかもしれない」という様々な可能性をこの世界は夢の中に隠している
・そのことを並行世界・分岐宇宙と呼んでいる
・並行世界は人の脳や夢にも影響を及ぼしている
・生物の脳は無意識のうちに並行世界を感知している
・分岐宇宙が人の予感や予知といったものの源泉の可能性がある


さらに、サユリは「ずっと何かを失うようながしていた」「いつも何かを失う予感がある」「いつも予感があるの、何かをなくす予感」といった台詞を作中で繰り返します。彼女は何度もベラシーラがユニオンの塔に向かって空を飛ぶ夢をみており、その夢の中でサユリ本人は高校生の姿になっています。また、中学3年の夏にヒロキとタクヤの飛行機作りを観に来ていたサユリは、廃駅で一瞬意識を失い、白昼夢をみます。それは遠くに見えるユニオンの塔が爆発するものでした。(そのすぐ後にサユリの病気は発症し、永遠の眠りにつくことになります。)以上の描写からサユリには並行世界を感知する何らかの素質があり(ユニオンの塔を造ったとされるのがサユリの祖父であることと無関係ではないでしょう)、予知夢をみていることが明らかです。そして彼女は“喪失”への予感を敏感に感じとり、現実世界ではヒロキとタクヤとの“約束”を楽しみに待ちつつも、“夢”の世界では来たるべき“喪失”に不安を覚えているのです。


サユリが何を失うのか…というのは物語のクライマックスで明らかになります。ヒロキがサユリをユニオンの塔に連れて行き、いよいよサユリが目覚めるというシーンです。

「ああ…そうか。私がこれから何を失くすのか…分かった。」

「神様、どうか、お願い。目覚めてから一瞬だけでもいいの。今の気持ちを消さないでください。ヒロキくんに私は伝えなきゃ。私たちの夢での心の繋がりが、どんなに特別なものだったか。誰もいない世界で、私がどんなにヒロキくんを求めていて、ヒロキくんがどんなに私を求めていたか。」

「お願い。私がこれまでどれだけヒロキくんのことを好きだったか。それだけを伝えることができれば、私は他には何もいりません。どうか、一瞬だけでも。この気持ちを…」


今作でいちばん泣けちゃうシーンですね(笑)。特に二人の声が重なって、ヒロキが神様どうかサユリを目覚めさせてください…と言う台詞と、サユリがどうかこの気持ちを忘れさせないでください…と言う台詞が交差するところ。いい演出です。夢から覚めることで、サユリは自分の精神の深いところにあるヒロキへの純粋な気持ちを忘れてしまいます。夢の世界のことは、現実の世界へは持ち帰ることができなかったのです。


さらに…

「フジサワくん…。わたし、何かあなたに言わなくちゃ、とても大切な……。消えちゃった…。」

「大丈夫だよ。目が覚めたんだから。これから全部…また。おかえり…サユリ。」


ぜんぜん大丈夫じゃありません。目が覚めて、サユリの気持ちは失われてしまったのですよ、ヒロキくん…。乙。。
サユリがヒロキのことを“夢”の世界では「ヒロキくん」と呼んでいたのに対して、目覚めたときの第一声が「フジサワくん…」だったのが象徴的ですね。3年間み続けていた彼女の“夢”と記憶は、覚醒とともに失われてしまったのです。そして恐らくユニオンの塔の建造に呼応してサユリがみていた夢や予知の力は、この先弱まってしまうことでしょう。


精神世界と現実
今作では物語が進むにつれて、徐々に“夢”の世界が現実の世界のプロットを浸蝕していきます。サユリとヒロキは夢を通じてお互いを強く求めあい、ヒロキに関してはその想いを覚醒後もある程度覚えているようです。ヒロキは“夢”で予感を感じ、サユリの病室へと足を運びます。そこでサユリの思念のようなものと呼応し、さながら白昼夢をみるように、サユリの想いを感じとるのです。そして“夢”で約束したから!とか無茶苦茶言って青森までノコノコと帰り、タクヤを説得しにかかるわけですが、そりゃケンカになるのも当然でしょう(笑)。


重要なのは、“夢”の世界が純粋にただの夢として描写されているのではなく、彼らの“夢”がさながら現実の一部として作用しているということです。今作において“夢”の世界とは並行世界に繋がるものであり、それはこの世界の「こうであったかもしれない」という可能性を様々に内包しながら広がっています。並行世界がユニオンの塔を介して現実を侵蝕してくるのと同じように、プロット上でもサユリを介して“夢”の世界が現実へと流入していきます。


こうした手法は村上春樹の小説でよくみられます。彼の作品ではしばしば、夢の世界、精神的・観念的・象徴的な世界が大きく物語に影響しています。リアリズム的なスタイルをとりながらシュールリアリスティックな語りをするのが彼の作品の特徴です。(彼いわく「ノルウェイの森」だけが100%のリアリズム小説)「雲のむこう、約束の場所」でもちらりと村上春樹の書籍が出てくるのは示唆的です。“喪失”というテーマから考えてもかなり意図的に彼の名前を挿入したことと思います。


失われる想い
さて、長くなりましたが、そろそろまとめに入っていきます。今作最大のテーマはズバリ「想いは失われるもの」であることだと僕は思います。いかに精神的な世界で強い想いを持っていたとしても、それはいつかは失われてしまうということです。精神世界や心の奥の部分で持っている強い気持ちが、現実世界へきちんと発露するとは限りません。恐らくユニオンの塔でサユリが目覚めた後も、ヒロキのことを好きだという気持ちは潜在的に彼女の中に残っていたままでしょう。しかし、その後、ヒロキとサユリはうまく結ばれなかったというのがこの物語の事実です。(サユリのおっとりとして内気そうな性格ではいまひとつ恋愛感情がうまく表現されなそうですよね…^^;)“夢”から覚めるようにして、人はあっさりと、抵抗も虚しく、大切だった想いを忘れていってしまうし、どんなに強い想いも、精神から現実に解き放つのはそう簡単なことではないのです。


果たされることで同時に失われる“約束”
そして残酷なテーマがもう一つ、それは“「約束”もまた果たされることで失われる」ということです。前回のエントリで触れた、人間の成長過程で通過する、青春時代特有の高揚感。そうしたピュアな情動は不可避に人間に訪れ、去った後には喪失をもたらします。今作でヒロキ、タクヤ、サユリを繋ぎとめていた“約束”は確かに果たされました。しかしながら、それは同時に三人の精神的支柱だったものが消滅することも意味します。三人を強く結びつけていた“約束”が達成された後、果たして彼らは以前と同じような繋がりを維持することができたのでしょうか。(つまり、それはできなかった…ということですね。)


夢や目標は追いかけている時がいちばん精神的に充足されているのかもしれません。いっそ夢なら覚めないでほしい。しかしヒロキの「あの頃は、一生このまま、この場所、この時間が続く気がした」「あの瞬間、僕たちには恐れるものなんて何もなかったように思う」という思いとは裏腹に、夢は覚めるし、そうした時間は過ぎ去り、いつか失われてしまうのです。



けっこうよくできてるんじゃないのか
そんなわけで長々と4回にもわたって書いてきましたが、そんでもはや誰が読むのって感じですが、、今作も非常に新海誠監督らしい作品でした。輝かしい時間もいつかは終わりがくる。それは夢から覚めるように避けがたいことだ。しかしそうした青春を逃避したまま大人になることもできない。誰もが高揚と喪失を経験して成長していく。残酷さを含めて描くことで、きれいな部分、理想的な部分だけ描いたものではなく、真に健康的な物語にしたい…。ということでしょうか。


自分や大切な人を損なわないためには“約束”を果たさねばならないし、“約束”を果たすことは“喪失”に踏み込むことでもある。そんなジレンマが切ない作品です。


何よりも最後のヒロキの台詞が全てを表現していると思います。

「約束の場所をなくした世界で、それでも、僕たちは生きはじめる」

いやー、何度も言うけど残酷ですな。新海さん…。


ところで今作は小説版も出ているんですが、どうやらそちらの方では映画で語られなかったエピソードがきちんと補完されているようです。特にヒロキとサユリのその後が非常に興味深い。(読んでないけど)


それから全然触れませんでしたが、今作は音楽の使い方もとてもよかったです。特にヒロキが東京で孤独にしているシークエンスはよかったですね。引き裂かれそうなヒロキの心情がとても伝わってきました。


新作の『言の葉の庭』も公開になっていますね。(夏だと思い込んでました…)


ぐだぐだになってしまいましたが、また他の作品についても書きたいと思います。


ちゃんちゃん。



『言の葉の庭』 予告篇 "The Garden of Words" Trailer - YouTube


雲のむこう、約束の場所

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