隣の世界の覗き窓

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ホーリーモーターズ(2012)

ホーリーモーターズ
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監督・脚本:レオス・カラックス
キャスト:ドニ・ラバン
     エディット・スコブ
     カイリー・ミノーグ
     エバ・メンデス
     ミシェル・ピッコリ
【作品紹介】フランスの鬼才レオス・カラックスが、オムニバス「TOKYO!」(2008)以来4年ぶり、長編では「ポーラX」(1999)以来13年ぶりに手がけた監督作。生きることの美しさへの渇望に突き動かされる主人公オスカーが、富豪の銀行家、殺人者、物乞いの女、怪物など、年齢も立場も違う11人の人格を演じながら、白いリムジンでパリを移動し、依頼主からの指示を遂行していく姿を実験的な映像とともに描き出していく。主演はカラックス監督によるアレックス3部作(「ボーイ・ミーツ・ガール」「汚れた血」「ポンヌフの恋人」)のドニ・ラバン。

ユーロスペースで観てきました。面白かった面白かった。個人的にはそこまでエキサイトしなかったけど。時間のある方には是非とも劇場で観て欲しい……というよりも劇所で観ないと意味が半減してしまう映画だと思いますね。


カラックス監督の作品は恥ずかしながら観たことなかったんですが、帰りに渋谷のTSUTAYAで『ボーイ・ミーツ・ガール』と『ポンヌフの恋人』のVHSをかりてきて、順番に観ています。その辺りの作品とくらべると今作はまだ良心的に造ってくれているのではないでしょうか(笑)。何を言っているのかわからない……というわけでもなく、主題は分かりやすいものだったんじゃないかと思いますね。


(以下作品の内容について言及していきます。)

冒頭からはっきりと見せつけてきます
ポスト・ヌーベルヴァーグと呼ばれたことのあるカラックス監督。今作でもやっぱり「映像として面白いものを観せる」という前提は徹底していました。作中に挿入される映像はフランスの生理学者エチエンヌ・ジュール・マレイによる1880年代の連続写真とのこと。映像表現≒映画そのものに関してメタ的に言及しようとしていることを物語っています。


映画冒頭でカラックス監督がのそのそとベッドから起き上がり、隠し扉を抜けるとそこは映画館。映画館の座席にすわる満員の観客の姿が映し出されますが、各々の顔は暗い影になっていて表情や特徴の判別はつきません。劇場で実際に「ホーリーモーターズ」を観ている観客からは画面を挟んでちょうど鏡を見ているような格好になり、ここでも観客が観客であること、映画世界の目撃者であることを確認させられます。また、これから作中で様々な人物を演じるオスカーと同様に、我々がそれぞれ特徴を持った個人でありながら、実は何者でもなく、のっぺらぼうのような匿名的な存在でもありうることを突きつけるのです。(最近ではエヴァンゲリオンの旧劇場版でも似たような手法が使われましたね。効果に関しては本作とは違ったものになっていますが。)


そして船の汽笛の音に導かれるようにして、映画内の映画へと突入して行く「ホーリーモーターズ」。実際にそこには船ではなく船の形をした豪邸が映し出され、汽笛の音が異世界へ我々を導いていきます。(本物の船ではなく船の形をした豪邸であったことが、映画内の世界は現実とは少しズレのある、異次元のような世界であることが強調されているように僕は感じました。)


「HOLY MOTORS」のタイトルやロゴもおそらく「HOLLYWOOD」を意識したものでしょう。
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次々と別人を演じるオスカー
主人公のオスカーは次々に異なる人物を演じていきます。執拗なまでにシステマティックに、ストイックに。それは職業的に行われていると同時に、オスカー自身が自ら求め、オスカーがオスカーとして生きていくために必要な活動であるようです。演じるうちに疲弊し、憔悴していきながらもそれを辞めることはできない。一体なぜこんなにも演じることに自分を縛るのか。


言うまでもなくこれは(恥ずかしいくらいに単純な読みですが)現代に活きる人間のメタファーと言えるでしょう。人はある時には富豪であり、またある時には物乞いである。それと同時に、モンスター(ゴジラの音楽でしたねw
)のような変質者でもあり、ぎこちない関係の娘を抱えた父親であり、殺し屋であり、臨終の老人でもある。生まれて落ちてから死んで行くまで、あらゆる役柄を順番に演じていく、あるいは自分を造りかえていく生き物としての人間。それがまさにオスカーの奇妙な一日に集約されています。


私たちは誰なのか
「ホーリーモーターズ」が親切だなぁと感じたのは挿入歌の歌詞である程度作品の主題を語ってくれるところです(笑)。これは分かりやすいし、この手法が僕は大好きなので嬉しい。そしてなんといってもカイリー・ミノーグが歌う廃デパートのシーンとオーケストラアレンジが最高に美しかった!!


(このシーンもカイリー・ミノーグが演じるエヴァがさらにジーンを演じるための格好をして歌うというなんともメタな感じ…。ショートカットのジーンといえばジーン・セバーグを思い出しますね。)


Who Were We?
作詞 カラックス&ニール・ハノン
作曲 ニール・ハノン
カイリー・ミノーグ

私たちは誰だったの? 私たちが私たちだったあの頃
私たちはどうなったの? もしあの頃別の道を選んでいたら
感じてるわ とても奇妙な感覚
一人の子供がいた 小さな子供が 私たちにはかつて子供がいた
その子に呼びかけた でも、その子は…

そして私たちは旅立った 遠くをさ迷った 離れ離れに
恋人たちは怪物に変わり 遠くへ去った 離れ離れに
新しい始まりはない 誰かは死に 誰かは生き続ける

私たちは誰だったの? 私たちが 私たちだったあの頃
私たちはどうなったの? もしあの頃 別の道を選んでいたら
新しい始まりはない 誰かは死に 誰かは生き続ける


Revivre
作詞・作曲・演奏 ジェラール・マン

人は望む、生まれ変わりたいと
もう一度人生を生きたいと
同じ人生を、たぶんもう一度

長い旅路をたどり、後戻りできない地点に手を触れ
子供時代からこんなにも遠くへ来たと感じたい

寒い時も泣いている時も、それでも考えている
もし神が許してくださるなら生まれ変わりたい

人は望む、もう一度同じ人生を生きたいと
安らぎの時はまだ来ない
好きなことをもう一度やり直す
冷たい流れにもう一度浸るのだ
同じ日々を生きて、子供時代からこんなにも遠く…


(いずれも日本版公式サイトより)


自分たちは一体誰なのか。あの頃の自分はどこへ行ってしまったのか。今の自分は何なのか。そしてこれから自分は何ものになっていくのか…。こうした生まれ変わりの繰り返しの中で人は行きていく。そしてその一方で自分以外の何者にもなれなない。


“Unique I” として固有の「自分」である一方で、人格は絶えず流動し、二度と以前の自分にはもどることはない。可変でありながら同一性からも逃れられない自己矛盾。こうした人間の苦しみを本作ではオスカーという主人公を通して淡々と僕らに見つめさせるのです。


カラックスいわく

「この映画については、ふたつの相反する感情がありました。誰しも自分自身を抜け出すことができない、自分でしかあえりえないという感情。すなわち自分であり続けるために、狂ってしまいそうになる疲労感です。もうひとつは、自分を新たに作り出したいという気持ちです。ただ、それはなかなできません。かなりの力と運がないと作れないんです」
http://news.walkerplus.com/article/36233/

「出発点は長いリムジンのイメージ。人々がレンタルして、金持ちになった気分を味わったり、見えを張ったりするのに使う車。そこから、ある人生から別の人生へ人を運ぶという想像が生まれ、人生から人生へと旅をするという職業を思いついた」

「(エドワード・)マイブリッジが馬を撮影して感じていたのと同じような喜びを、彼(ドニ・ラヴァン)を撮影することで感じる」※マイブリッジは馬のギャロップの撮影に成功した写真家
「映画はモーション・ピクチャーズ。モーション(動き)がエモーション(感動)を作ってきた。ただ、その動きはデジタル化とともに写実的な流動性を増して力を失った気がする。フィルム映写機が持っていた瞬きがなくなってしまった」
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/cinema/cnews/20130412-OYT8T00640.htm


カラックスは自分を新たに作り出すことはかなりの力と運が必要と言っていますね。僕が思うには、確かに理想の自分へとなるべくしてなるにはやはりかなりの力がいると思います。多くの人は、それができずに「どうしてこうなった」という自分を受け入れながらも、さらに新しい自分へとなるべく永遠にさまよい続けるのではないでしょうか。リムジンに乗ったオスカー達のように。


個人的に
英仏通訳の女性がとってもチャーミングでした。彼女を観るためにもう一度映画館行きたいかも…(笑)
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【追記】
どうやらセレブなモデルさんだったようです。うーん。かわいい。
http://matome.naver.jp/odai/2136101959651260201


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汚れた血 [DVD]

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